まず生活を整えるところからスタート

久々の更新です。介護は今思うと、同居してる友人や介護をしている地域の先輩たちから聞いててよかったと思うことが本当にたくさん。介護しているすべての人に尊敬しかないです!
主人とは「介護は長期戦になる。だからまずは私が疲れないことを最優先にしてほしい」と話し合い、スタートを切りました。
これは、介護同居してる近所の方と一緒にお茶会で話した時に、その方が他の介護同居する方にしてたアドバイスでした。家にいる人が一番大変だからこそ、無理しないというのを話してて、当時はそうなんだ〜と聞いてたのですが、我が事となると、すごく大事なアドバイスで、感謝でした。
義父が我が家に来た翌日は日曜日。まずは生活の基盤を整える準備に取りかかりました。義父も一晩休んだことで体調が少し回復し、朝からしっかり食事をとることができたのが救いでした。元々外出時には杖がないと歩けないので、足元はおぼつかないけど、家の中は動ける様子でした。
息子とお留守番してもらってるその間に、主人はお布団などの大物を購入し家具の配置換えを、私は義父の寝巻きや洋服、生活用品を揃えに走りました。義父の服は長年の使用で汚れが目立っていたので、思い切ってすべて新調。洗濯するのは私だからこそ、清潔であることが何より大事だと感じています。
寝室と生活動線を工夫
義父はなんとか歩ける状態だったので、まずはトイレに近い部屋を寝室に。私たち家族は2階に移動し、1階を義父の部屋にしました。
介護ベッドは介護認定後に導入予定。それまでは布団で寝起きしてもらい、動作確認も大丈夫そうで一安心でした。
入浴やストマの交換も主人が立ち会いながら確認し、本人管理でなんとかなりそう。処分は息子が幼少期に使っていたオムツ用ゴミ箱で代用し、匂いは空気清浄機で解決できました。オムツ用ゴミ箱の余ってた袋もお陰で使い切れましたw何気に、育児用品と介護用品は近いものも多いですね。
孫と過ごす喜び
慌ただしい同居の始まりでしたが、義父が孫との暮らしをとても喜んでくれたのが救いでした。
食事も通常食で大丈夫そう。何よりも息子が帰ってから今まで話はほぼ私が聞いていましたが、私にある程度話したら義父のところに行って、一生懸命話しいていました。
孫大好きな義父はすごく嬉しそうに毎日話を聞いていましたよ。
初めての通院と検査
我が家に来て最初の月曜には病院へ。総合内科で診てもらえるのは助かりましたが、朝一番に行っても帰宅は15時。やはり病院は時間がかかります。
さらに驚いたのは、義母から聞いていた症状と実際の義父の状態の説明にならないと言われたこと。
「ちょっとその症状とは思えないので、検査しましょう」と医師に言われ、後日CTやMRIなどの再検査が必要となりました。
高齢夫婦同士だと、医者からの説明の受け取り違いが起きるのも「あるある」かもしれませんね。
「細く長く」続けるための工夫
義父との生活をする中で、前に結婚後に二世帯同居した友人に言われた「細く長くできる工夫をしないと、お互い嫌になる。自己犠牲は続かない」という言葉を思い出しました。
私は在宅勤務が多いので、これまでリビングで仕事をしていましたが、義父がいるということは、やっぱり仕事に集中できない。私が近くにいると義父も気を遣って話しかけてくる。そこで、物置にしていた2階の空き部屋を私の仕事部屋にすることにしました。私にとっても気持ちの切り替えにもなるし、仕事に集中できました。
「2階にトイレを作っておいて良かった」と思う瞬間も多く、やはり同居といえども気を遣うもの。



自己犠牲は続かないって言葉めっちゃ身に染みます!お互いの笑顔のために、自己犠牲でなく、一番いい形を見つけるって大事ですね!
毎日のご飯が楽しみに
1週間過ごして感じたのは義父にとって「ご飯が一番の楽しみになる」ということ。
今まで私はお昼を簡単に済ませていました。息子の朝ごはんの残りとか納豆ご飯とかw朝も昼もトースト1枚なんてことも。夜ご飯の中途半端な残りとか。主婦の昼ごはんなんて結構適当なもの。
その生活から、義父との同居でいちばんの負担はお昼でした。歩けるようになるには栄養のあるバランスとれた食事も必要な義父。義父にとっては外出も少なく、食事が大事な時間。最初のうちは丁寧に作ってましたが、仕事をお昼のために切り上げるのがどうしても集中が切れてしまう原因にもなったので、思い切ってお弁当に変えることに。
以前主人が弁当持参だった時に使っていた「冷凍弁当」を復活。1週間分まとめて作って冷凍し、毎日チンして食べてもらう方式にしました。これで日中は仕事に集中でき、気持ち的にもずいぶん楽になりました。
義父が簡単にレンジでチンできるふたしたままでチンできる容器にして、自分で冷凍庫から出してもらってチンという方式にしてもらいました。
そしてまた新たな出来事へ
少し穏やかな日々が過ぎ、「これなら義父との生活もやっていけるかも」と思った矢先、また新たな出来事が起こるのです――。